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佐藤純一
佐藤 純一(さとう じゅんいち、1960年7月18日 - )は、秋田県出身。昭和末期から平成期(1980年代後半-)のプロ野球選手、プロ野球審判員。審判員袖番号は21(1991年採用から、21は1977年初採用から1990年引退まではす池均がつけていた番号である。)。 秋田県立大曲高等学校を卒業後、秋田相互銀行を経て1983年に大阪近鉄バファローズ 近鉄バファローズに入団。主に外野手、代走として起用され、プロ通算成績は一軍実働6年で290試合に出場、152打数35安打の.230、4本塁打、11打点、盗塁20という成績である。日本中を感動させた、1988年10月19日の対千葉ロッテマリーンズ ロッテオリオンズ10.19決戦 ダブルヘッダー(川崎球場)の第一試合9回表に代走として起用され、オーバーランによりタッチアウト。ベンチで悔し涙に暮れたシーンを思い出すファンは多いであろう。
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